2008年5月10日土曜日

郷土八戸に新聞誕生 奥南新報 明治四十一年 2

奥南新報明治四十一年一月十九日号
○三浦呉服店 当三日町なる同店にてはかねてより店員を各産地に派し斬新流行品を仕入れ中の処全部荷着に付き来る旧暦十八日より年末売り出しとして大勉強販売をする由
○下町の殴打騒ぎ 去る十五日午後七時頃八戸町大字長横町五十六番戸宮野福次郎(二四)は下組町三十三番戸の山田大次郎方に押し寄せ商売上の事より口論となり一口言い二口言う内に大立ち廻りを始め互いに組討したる由なるが事軽微なれば即日警察署にて各科料一円づつに処せらる
○芸者の新顔 小中野村貸し座敷大喜楼より芸名瀧子と名乗る花の如き顔(かんばせ)は左褄を取り愛嬌たっぷりの姿にてアリーと現れたり
○感ずべき見習い生 上北郡百石村橋本丈助氏の次女リヨ(二○)と言えるは去る三十六年中即ち十四才の夏機業見習いとして当八戸中番町石原機業所へ来たりし以来満四ヵ年余の久しきにわたり専心勉強し結果あらゆる科目を卒え優等の成績を得、種々なる 賞品を与えられ客晩秋めでたく帰村せりと因みに同女は一度も病気に罹らず如何なる寒暑の日とて懈怠の気をみせたることもなし心がけ殊勝にして温和なるは知れる人々の感嘆するところなりと
水産学校の郡営に就いて
我が青森県における重要産物の一として、馬牛産を改良発達せしむる必要より畜産思想を鼓吹養成せんが為には、既に畜産学校の設けありて県事業の中に置き、之が経営に注意を払い来たれり、而して県内最も広き海産区を有しながら、又経済上多大の関係を有しながら、比較的極めて水産思想に乏しき方にして対しては姑息なる試験所程度の設備あるとするも、なかなか以って改良発達に資する能わざるは勿論、一般の思想を学科的に養成せんとするが如き思いもよらざるところなり、県当事者が一方畜産上に注意を払いばがら、一方至大の関係ある水産上に緩慢なるは、実に不可思議千万なる次第にて如何に貧乏県なればとてこれ等有望欠くべからざる教育機関の設備に対し年々二三万円の経費を投ずるが如き、何人といえど非議を容れるべき余地なきの みならず、貧県なればこそ、却って思想発達の原資を注入すべき必要あるは言う迄もなからむ
先年、当郡湊村有志は大にここに慨するところあり、一区の経済を以って水産補習学校を創設し、資格を進めて完全なる現時の水産学校とまで成長せしめんがためには、幾多軽からざる労費を投じたり、仰ぐ所の県郡補助ありとするも、もとより経費の幾分を償うに足らざるのみならず、連年の不漁は大に同村の経済力を減殺し維持容易ならざるものあり、勿論この種の教育機関に関しては長く一漁部落の独営に付すべき性質にあらざるより郡当事者は三戸郡会に提案し、郡立として之を継承せんとし議定に付したる結果、一時大勢之を可決する迄に傾きたりしが、当時凶○後を享け一般負担力の影響等よりして他日に譲るのやむを得ざることとなりて今日に及べり
中略 聞く、湊村会は今回現立の水産学校を郡営に編入せんことを申請するがため、敷地として二千坪価格六千円現金二千円、村内有志の寄付約千円、計九千円の外、学校器具類を寄付す るに決し、本月開かるべき郡会に提案を促さんとて、目下夫々運動中なりとの由なれば、必ずや事実として議定に上がるに至るべし、これ等問題は実に将来斯業発展の一大要素にして海産事業の振作上よりするも、地方経済の増進上よりするも、一日も忽諸に付し去るべきものにあらざるを以って党派根性と地勢の状態直間接の関係等に託し鮮決するが如き、断じて吾人の与みせざる所なり
中学校長の新年会
木村第二中学校長は去る十一日午後五時より部下の教師職員一同を同氏宅へ招待し盛んなる新年会を開きたり
関重商店の繁盛
八戸三日町の同店は小間物雑貨等を開業せしより数十年斯業界に於いて最も信用を得来たれるは世の知る所なるが其の取引先の卸店は福岡一戸浄法寺沼宮内葛巻伊保内軽米久慈より三戸五戸三本木七戸犬落瀬下田等外数箇所に亘 り年々得意を増し注文引きも切れず目下旧歳末に際し居ることとて一層取引小売共頻繁を極め居れり因みに同店主は仕入れのため年々各地を巡訪し一々其の品質を精査し比較的価格の低廉なる方について仕入れるより売れ行き頗る速やかにして好評と信用を博し居るものなりという
八戸肥料組合新年宴会
去る五日午後五時より小中野万葉亭に於いて開催せり組合代表富岡新太郎氏は先ず立って開会の挨拶あり蓄音機によりて君が代の奏楽中総員起立最敬礼を表す長谷川藤治郎氏の発声にて両陛下の万歳を三唱し終て来賓を代表し木内俊郎氏の謝辞あり後酒宴に移り三平その他十数名の愛嬌連酒間を周旋し数番の手踊り杯ありて興味沸くが如く十二分の快を尽くして散会せしは十一時頃なりきこの日の来賓は商業、階上の両銀行八戸東奥並び本社の三新聞記者その他組合員等にして四十余名最も盛会なりし
落成式と寄付金募集
八戸税務署の新築も既報の如く最早大概落成し内部の造作も整頓せしを以って近々盛んなる落成式を挙行する由にて右費用の内を市中有志者より募集中なりと伝えらる
汽車乗降者数
目下の処当停車場における日々の乗客数は平均百五六拾名降客数もほぼ同数にして内三分の一は尻内剣吉下田迄の乗降者なりと
理髪店の昨今
当八戸市中には床屋の数二十七八軒もありて各々得意を得んがため競争しつつあるより自然に取り扱い振りも丁寧になり道具なども新規なものを選び肩おおいの金巾も綺麗に洗濯の行き届けるを見ても用意の在る所を知らるる訳なるが他に比ぶれば概して不潔なりとの評はまぬがれざるべし今少し注意してほしきものなりと言う人多し
酒と心中
三戸郡猿辺村大字袴田二十二番戸士族農小野梅之助(七一)は去る三日所用のため三戸町に出で帰途或る酒屋に立ち入り鱈腹飲酒の上図武八(ずぶはち)となりて袴田に通ずる道路に差し掛かりたる際俄かに風雪に襲われたる為歩行自由ならず遂に倒れて凍死したりと
両愛猫の初目見
小中野村貸し座敷佐野川楼内佐野トメ(十七)は一二三と又三河楼カク(十六)は三司寿と名乗り何れも去る三日よりニコニコものにて、今晩は

呉服界の泰斗
八戸と言わず近県に雄視して夙に斯界に覇権を把握し来たれるは当八戸町における泉山合名会社にして機関としては泉山銀行を有し資本豊富各地に数多の製織場と支店を有し時好に応じて織り出しに従事するのみならず先年世間に率先し正札に改め其の広告を利用すること最も機敏にして他の夢想し能わざる妙案を用いる外店員を養成すること頗る厚きより主従の関係尋常ならじ主は真の子の如く慈しみ…中略…戦時税の重荷に伴い同業界皆舌を巻いて処置に苦しみたる当時にあり同店のみは独り機先を制して予め善後の策を講じ夫々仕入れ並び製造に注意を払いたるがために比較的打撃をうけずして取引と販売を塩梅せしが如き他の能わざる敏腕を具備し居るは同業間の驚嘆する所となり当八戸に於ける同 業者にして同店に負わざるもの殆ど稀なりと言うに就いてみるも其の商資両力の偉大なるを知るに足らん来る旧年末に於ける売出しの方法に至っては意匠と設備の非凡なるものありと伝えらる其の盛況あらかじめ想いやるべし
八戸盲人会の現状
明治二十四年創立以来幾多の困難を経漸く今日 に至りしなるが目下会員百二十余名会費も中々小額にあらざれど幸い会員一同の奮闘と会長永洞清吉氏の熱心により維持し居るも何分近時は物価のみ高まり収入の伴わざるため頗る経営の困難なる中より盲唖学校卒業生北村利吉氏を招聘して凸字その他必要の学課を授け居る由感ずべきことなり